明日への活力を得る旅~ウェルネスツーリズムを体感~

 

2020年初頭から新型コロナウイルス感染症の蔓延を経験し、私たちの健康意識が高まった。また人生100年時代と言われる今日において、健康寿命の延伸が喫緊の課題になっている。そのような背景から、旅行業界でも日々の生活習慣病の改善や心身のリフレッシュと旅を掛け合わせたニューツーリズムである「ウェルネスツーリズム」が注目されつつある。

平均寿命がトップクラスの長寿県である滋賀県にある滋賀大学が「ウェルネスツーリズムプロデューサー養成講座」を4年前から開催している。縁あって今年度、その受講生として参加する機会を得た。その講座のプログラムの一つとして10月に1泊2日でウェルネスツーリズムの先進事例を学ぶ視察が実施されたのでご紹介したい。

1日目は岐阜県下呂市萩原町にある「四美の森」へ向かった。ここでは“森に「ゆき」、心にスペース「あき」をつくる”をテーマとした森林ウォーキング「ゆきあき・ウォーキング」が楽しめる。かつて薬草園として整備されていた緩やかな勾配のハイキングコースで初心者も気軽にウォーキングができる。ウォーキングの初めに参加者は、ストレスチェックカードを使って自身の今のストレス状態を簡易的に測定。幸い同行者全員は日常生活の中でリラックスをしているのか、リラックスを示す青色が表示された。ちなみに先日、都市部から参加された女性達はストレス度合いが高かったそうだ。

まずはネイチャーガイドであるユキさんの得意分野である植物ガイドが始まる。木々を見上げてみたり、しゃがんで地面に落ちている松ぼっくりやキノコを観察したりと、木々や植物の説明を聞きながら、飛騨の土地柄や自然の面白さを実感させてくれる。あいにくこの日は雨模様であったが、雨の音、そして雨で濡れた木々の匂いが幻想的な雰囲気にさせてくれた。そして参加者全員が感動したのが、ふわふわの苔の絨毯だ。踏み締める度に足の裏に伝わってくる見事な感触が、日々アスファルトの上を歩く機会が多い者にとっては心地よかった。

 

雨の音や木々の匂いが幻想的な雰囲気を醸し出してくれた ふわふわの苔の絨毯の感触が心地よい

 

ウォーキングの半分を過ぎたところで、続いてアキさんによるサイレントウォーキング(歩行瞑想)へと移る。呼吸方を教わり、大地を足裏でしっかり感じながら歩き進める。一歩一歩、地面を踏み締めながら一定の呼吸法で歩くことにより、どんどん邪念が薄れ自然との一体感が生まれ始める。車の音も、人の声も、スマホの着信音も聞こえない空間で、たった数十メートルのサイレントウォーキングで驚くほどリラックスできたのには不思議だ。

2キロほどのコースを2時間ほどかけてゆっくり歩くウォーキングだが、前半の自然を知ることができる“動”と、後半のサイレントウォーキングの“静”を感じることで、メリハリ感があり、新しい自然への知識を知り、日々の忙しさからの解放を得ることができた。

2日目は岐阜市にある岐阜公園に移動し岐阜市が実施する「クアオルト健康ウオーキング」に参加した。

クアオルトは馴染みがない言葉だが、ドイツ語で「健康保養地」を表す意味で、ドイツで心筋梗塞や狭心症のリハビリ、高血圧症などのための運動療法としてウォーキングを基に考察された健康づくりのためのウォーキング法だ。ドイツではこれが医療保険の適用になるのだから興味深い。

日本では生活習慣病や認知症の予防など健康寿命を延ばすための手法として20の自治体で広まっている。通常は山間のハイキングコースなどを利用したウォーキングプログラムだが、岐阜市では市民が憩う金華山山麓にある岐阜公園にウォーキングコースを設定し、「都市型クアオルト」として市民が気軽に参加できる。

「クアオルト健康ウオーキング」は、専門ガイドが同行しウォーキングの最初と最後に血圧を測定。ウォーキング中はチェックポイントで心拍数を測定し、目標心拍数を確認し運動強度を計測しながら行うのが特徴だ。道中は、体表面温度を意識しながら冷たい水で手を洗い自然乾燥させるなどして「冷たくさらさら」を感じながら歩き進める。

参加者はウォーキング前の血圧測定をし、ストレッチをしてからウォーキングをスタートする。岐阜公園内の平坦な道をやや早歩きで歩き、チェックポイントに着くと心拍数を確認する。さらにミニ歴史ガイドを聞きながら金華山の麓にある三重塔へ向かう傾斜を登り切ったところで再度心拍数を確認。自身がどの程度の運動量を行うとどれくらい心拍数が上下するのかがよく分かる。同行者は日頃から運動に抵抗がないメンバーということもあり、ウォーキング前に設定した目標心拍数までなかなか達しなかったが、早歩きしたり、話しながら歩いたりと意識的に運動量を上げる方法を行うことで心拍数を上げることができる。逆に目標心拍数より高ければ、ゆっくり歩き心拍数を下げる方法を取る。

同行した専門ガイドは、常に参加者の体調変化に注視しながらウォーキングを進めてくれる。「クアオルト健康ウオーキング」で大切なポイントの一つに「頑張らない」というのがあるからだ。

岐阜公園を後に、長良川へ出る。ここでは岐阜市の最高峰である百々ヶ峰(どどがみね)へ向かって「ヤッホ!」と勢いよく声を出して肺の空気を吐ききる。百々ヶ峰に反射した我々の声が返ってきて爽快感があった。

プログラムの後半は、鵜飼で有名な長良川やレトロな街並みが見られる川原町エリアなどの観光名所を歩きスタート地点へ戻る。約2時間のプログラムだが、無理のない運動量を取り入れることで心身がリフレッシュでき、ウォーキング後の血圧はスタート時より下がっていた。実際、「クアオルト健康ウオーキング」が血圧低下を裏付ける医学的なエビデンスもあり、参加者にいい影響を与えているのには間違いない。

途中、歴史的な説明もあり、市内・市外からも楽しめる 注文しておいたヘルシー弁当。なんと1日の野菜摂取量の7割が摂取でき塩分2g未満。
「都市型クアオルト」の基本コース。アレンジも可能だ。
(岐阜市配布資料より)
目標心拍数を設定し、チェックポイントで心拍数を測定し運動強度を知ることができる。
(岐阜市配布資料より)

 

岐阜市が実施している「クアオルト健康ウオーキング」は岐阜市長の肝煎りで市民の健康寿命の延伸と交流人口の拡大を背景に取り組みがスタートし、参加者は年々増えつつある。近年「健康経営」というワードが出てきていることもあり、近隣の都市から企業のイベントの一環として岐阜市の「クアオルト健康ウオーキング」へ参加する事例もあるという。市民にとっては普段から親しみのある公園で健康への取り組みができ、また市外からは観光要素を盛り込むことで岐阜市という地域を知ることができる。健康と観光施策を一体的に展開できるのも岐阜市の「都市型クアオルト」の魅力とも言える。

視察を通して、ほんの少しの時間、少しの距離を「健康」に注力することで、日々の忙しさから一瞬離れ心身のリフレッシュをすることができ、自身の健康知識がより深まった。健康への取り組みは、いかに日々の生活の中でウェルネスツーリズムのような一つの“きっかけ”を作ることが最も重要であると感じた視察だった。

 

(文・写真 河村直樹)(写真の一部は滋賀大学 M氏提供)